漢方専門薬局 宮崎厚仁堂

壮年と漢方
−たまる老廃物、しのびよる衰え−

(1998年11月)


 そもそも何歳くらいを「壮年」と考えれば良いのでしょうか? 世間一般では働き盛りの年代のことを曖昧にを指しています。類語辞典では「中年」と同列に並べられていますので、40〜50歳前後の年齢とも言えます。では、漢方ではどう考えるのでしょうか?

 昔の書物(いわゆる古典)の一部分をご紹介しましょう。『黄帝内経・素問(こうていないけい・そもん)』という書です。なんと紀元前に書かれています。あまりにも古いので作られた正確な年代はわかっていません。ただ、こんな大昔にこんなことを言っていたのか?とか、大昔ですらこんな風に考えていたのか?などという意味で興味深いものがあります。この書の「上古天真論(じょうこてんしんろん)」には以下のようなことが書かれています。

 ある日、黄帝さまは侍医の岐伯(ぎはく)に聞きました。

黄帝さま:
 大昔の人たちは、百歳を越えても衰えなかったと聞いておるのだが、今の人間は50歳でもう衰えおる。時世の違いかのう? はたまた養生をしないためかのう?

岐伯:
 大昔の人は、よく養生を知っていました。自然界の陰陽に身を託し、いろんな養生法で体を整え、節度ある食事や生活をし、過労して病気になるほど働くようなことはしなかったのです。だから心と体のバランスがとれて、寿命を全うできたわけです。つまり、元気に百歳まで生きられたのです。
 今の人たちは違います。酒を水のようにガブガブ飲み、間違った生活法を当たり前のように考えています。酔った勢いでセックスするなど、まあ欲のおもむくままとでも言いましょうか、命の根元を浪費してしまいます。限りある生命力を保とうとはせず、常々精を使いはたして、快楽におぼれて、養生の道に逆らいます。生活に節度がなく、結局、寿命半ばにして老衰してしまうのです。

 いかがでしょうか? 紀元前の話です。養生の基本は今も昔もあまり変わらないですね。この後、さらに侍医の岐伯は続けます。

岐伯:
 昔の聖人さまは、病気になりそうなときには心を安らかにしておけば、本来の生命力は体のバランスをとろうとするし、精神も体を守ってくれる、と教育されていたようです。人々は慎ましく生活し、心も安らかですから恐怖心に襲われることもありません。働いても健康を損ねるほどの無茶はしませんので、体内の気も順調だったのです。人々の望みは満たされていました。
 どういうことかと言いますと、食べられるものをおいしく食べ、着られる服をよしとし、風習を楽しみ、地位をうらやむこともしませんでした。飾り気もなく素朴だったのです。欲や邪説に惑わされることもなく、みんなが物事に恐れたりしなかったのです。
 まさに養生に適した生活を送っていたわけです。百歳にして衰えなかったのは、養生を全うしていたため病気にならずにすんだためなのです。

 何度も言いますが紀元前の話です。この後、黄帝は生殖能力について岐伯に質問します。年齢と生理機能の関係を説明している部分です。難しい言葉がたくさん出てきますが気にしないでください。

黄帝さま:
 年をとれば子供ができなくなるのは、精力がつきたためなのかのう。それとも天の定めなのかのう。

岐伯:
 女子は7歳になると腎気が盛んになり、乳歯は永久歯に生えかわりますし髪の毛もよくのびてきます。14歳になると天癸と言うものが完成され、衝脈と任脈のはたらきが旺盛になり、月経がはじまると同時に、妊娠可能となります。21歳になると腎気は完全に充実し、親知らずが生えて骨格の形成も完了します。28歳になると筋骨や毛髪の栄養状態が最高となり、肉体的にも最も元気です。35歳になると陽明経の脈が弱ってきますので、顔の色つやにかげりが見え始めたり、毛髪の量が減ってきます。42歳になると太陽・陽明・少陽の脈が上流の顔面部で衰えるため、顔はやつれ、白髪が混じってきます。49歳になると衝脈も任脈も衰え天癸がつきるために閉経をむかえます。肉体的にも衰え妊娠できなくなります。
 男子は8歳になると腎気が盛んになり、乳歯は永久歯に生えかわりますし髪の毛もよくのびてきます。16歳になるとさらに腎気が旺盛になり、天癸が完成されます。精通をむかえ、生殖機能が備わります。24歳になると腎気は完全に充実し、親知らずが生えて骨格の形成も完了します。32歳になると筋骨などの栄養状態が最高に達し、最も元気です。40歳になると腎気が衰え始めるため髪が抜け、歯に艶がなくなります。48歳になると陽経の気が衰えるため、顔がやつれ、白髪が増えてきます。56歳になると肝気が衰えるため、運動能力が落ちます。天癸もつきるため精力も弱り腎機能も低下し、肉体的にも衰えます。64歳になると歯や毛髪が抜けてしまいます。腎には水液を主る機能以外にも他臓の精を蔵する機能がありますから、五臓が充実していてこそ、腎精を他蔵へ送り届けることができるのです。 年と共に五臓が弱ってくれば、肉体的にも衰え、天癸もつきてしまいます。このようなわけで、白髪が生え、運動能力が低下し、生殖機能もなくなるのです……

 聞き慣れない言葉がたくさんあったと思いますが、要約すると下の表のようになります。

混合歯列期 歯の生え変わる時期。乳歯と永久歯が混在する。 男子 8才、女子 7才前後
天癸(てんき)完成期 生殖能力の完成する時期。 男子16才、女子14才前後
骨格形成完了期 骨格形成が完成する時期。智歯(親知らず)も生える。 男子24才、女子21才前後
成長完了期 体力がピークに達する時期。 男子32才、女子28才前後
盛衰転換期 体力にかげりが見え始める時期。 男子40才、女子35才前後
退潮期 明らかな肉体的衰えが始まる時期。 男子48才、女子42才前後
天癸枯渇期 生殖能力がなくなる時期。 男子56才、女子49才前後

 実際の成長や老化には個人差がありますから、各期に幅を持たせたものが下の図です。


 盛衰完了期・退潮期・天癸枯渇期は、男性は40歳〜60歳、女性は30歳〜50歳ですから、およそ30歳から60歳の期間を漢方では壮年期と考えます。この期間は体力的に下り坂になるうえ、中性脂肪やコレステロールなど体内の老廃物も気になる時期です。機能低下は日常の新陳代謝もにぶらせ、結果的に老廃物をため込みやすい状況を作ります。

 漢方では身体の機能低下を「虚」と言い、体内の老廃物を「実」と言います。「虚則補之、実則瀉之」(きょすればすればすなわちこれをおぎない、じっすればすなわちこれをしゃす)と言う原則がありますが、この年代はたまりゆく老廃物をやっつけながら、しのびよる老化に対応すべく身体を補わなくてはなりません。また老廃物の駆逐と身体の補養は同時にしてこそ意味があります。普段の生活でも、十分に運動や労働した後は十分に休息をとることが理にかなった生活なのです。




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