漢方専門薬局 宮崎厚仁堂

女性と漢方
−月経と体調の関係−

(1999年4月)


 女性のさまざまな身体の不調を「血の道症」と言うくらいですから、女性にとって順調な月経は健康のバロメーターになります。漢方では古くから月経と体調の関係について注目してきました。漢方的に月経を詳細に見ていくと、その人の体調や体質が相当程度に反映されていることが分かります。このため漢方では古くから産婦人科が発達していました。一見、月経とは無関係に見える疾病、たとえば皮膚病などでも、実際には月経を整える処方を用いることがよくあります。
 
 思春期・成熟期・更年期の約30〜40年間を漢方では、下図のように考えています。
(横軸は年齢)

天癸(てんき)完成期 14才前後 月経が開始し、出産可能となる
骨格形成完了期 21才前後 骨格が完成し、女性らしいプロポーションとなる
成長完了期 28才前後 内臓機能も含め、体力のピークとなる
盛衰転換期 35才前後 体力にかげりが見え始める
退潮期 42才前後 肉体的な衰えが始まり、更年期の症状が見え始める
天癸枯渇期 49才前後 閉経期を迎え、更年期障害を起こしやすくなる

 一方、現代医学では、女性ホルモンの分泌が女性の体調に深く影響していることが分かっています。エストロゲンという女性ホルモンです。エストロゲンの分泌は年齢に関係が深く、閉経期近くになると、分泌が極端に減少してきます。
 エストロゲンは女性にとってとても大切な体内物質です。性周期との関係以外にも、さまざまなことと関係しています。
 自律神経系のコントロール・骨粗鬆症の予防・動脈硬化の予防・皮膚及び粘膜の老化予防・ストレス回避などです。
 下のグラフは年齢によるエストロゲンの分泌の変化に漢方的な考え方を合わせたものです。


 天癸完成期にエストロゲンの分泌は急速に高まり、骨格形成完了期・成長完了期にピークがあり、盛衰転換期に減少傾向となり、退潮期を境に天癸枯渇期では、著しい減少が見られます。

 

 それでは、月経と体調の関係を具体的に見てみることとしましょう。専門用語は文中で説明していくつもりですが、「気」と「血」という言葉については、簡単に補足説明しておきましょう。

   生体のすべての機能のことです。我々が生きていると言うことは気が身体にあると言うことです。気がないということは、漢方では死を意味します。よく「元気がない」といいますが、気が不足することで身体の機能低下を来した状態といえます。
   「ち」とは呼ばず「けつ」と言います。血液だけでなく体内の栄養物質すべてを漢方では血と考えています。精神も血により栄養を受けて良好な状態を保っています。血が不足すると見た目の血色不良のみならず、精神にも影響する結果となります。


■月経痛    ■月経の期間    ■月経周期    ■経前症状

 

1.月経痛

 気や血(けつ)のスムーズな流れが阻害を受けると、疼痛をあらわします。

パターン1

疼痛の程度: 鎮痛剤を必要とする
疼痛の消失: 初日〜2日目以降、急速に軽快

「オ血(おけつ)」の傾向があります。オ血とは生理機能(栄養機能)を失った血(けつ)の病理産物です。ホースに貯まったゴミと考えるとと分かりやすいかもしれません。ゴミのため流れが悪くなり、痛みを感じているのです。初日〜2日目までは多くの経血を排出しなくてはなりません。ところがオ血というゴミのためにスムーズに排出できません。このため特に疼痛を強く感じます。
 このパターンには、血の流れを順調にし、オ血を除去する「活血化オ剤(かっけつかおざい)」を応用します。

活血化オ剤
桂枝茯苓丸、折衝飲、桃核承気湯、キュウ帰調血飲など

 

パターン2

疼痛の程度: 程度にムラがあり、ストレスの度合いに影響を受けます
疼痛の消失: 初日〜2日目以降、急速に軽快

「気鬱(きうつ)」の傾向があります。気の流れが悪くなり身体に緊張感があります。ホースでいうと柔軟性のない状態です。ストレスを受けるとなおさら緊張感が高まります。
 このパターンには、気の流れを順調にし、ストレス回避能力を高める「疏肝理気剤(そかんりきざい)」を応用します。

疏肝理気剤
加味逍遙散、香蘇散、キュウ帰調血飲第一加減、半夏厚朴湯など

 

パターン3

疼痛の程度: 鎮痛剤は不要の場合が多く、しくしくといたみます
疼痛の消失: 初日〜2日目以降、徐々に軽快

「血虚(けっきょ)」の傾向があります。身体の栄養物質である血そのものが足りません。ホースでいうと流れている水そのものの量が足りないために、ゴミが貯まりやすくなっている状態です。疲れやすく、貧血傾向にある方の月経痛にこのパターンはよく見られます。
 このパターンには、不足している血を補う「補血剤(ほけつざい)」を応用します。

補血剤
当帰芍薬散、帰耆建中湯、十全大補湯、帰脾湯など


 

2.月経の期間

 通常の月経は5〜7日程度で、完全に終了します。この期間が極端に長い場合や、短い場合には漢方的な診断基準になります。ただし、個人差がありますから、若いときからずっと10日間で何ら体調に不良がない方もいます。

パターン1

月経期間: もともと5〜7日だったのに7〜10日以上かかる

「気虚(ききょ)」の傾向があります。全身の機能をつかさどる気の不足を来しています。漢方でいう気にはさまざまな働きがありますが、「固摂(こせつ)作用」も気の働きのひとつです。固摂作用とは、血液や汗や尿などが、むやみに体外へ漏れ出すことを防ぐ働きです。このため「終わりそうで終わらない」、「ごく少量の出血がだらだら続く」といった結果となります。
 このパターンには、不足している気を補う「補気剤(ほきざい)」を応用します。

補気剤
補中益気湯、帰脾湯、人参養栄湯など

 

パターン2

月経期間: もともと5〜7日だったのに3日以内に終わる

「血虚(けっきょ)」の傾向があります。血そのものが足りないため、当然、経血の量も少なくなります。
 このパターンには、不足している血を補う「補血剤(ほけつざい)」を応用します。

補血剤
十全大補湯、連珠飲、杞菊地黄丸など


 

3.月経周期

 月経の周期は30日周期でも40日周期でも定期的であれば問題ありません。ところが、定期的な月経が遅れたり、早まったりすることもあります。いわゆる「生理不順」です。漢方ではどう不順になるのかによって、治療方針が違ってきます。

パターン1

月経周期: 定期的であった月経が遅れるようになった

 「血虚(けっきょ)」または「腎虚(じんきょ)」の傾向があります。血虚の場合、血の不足に伴い受胎準備に時間を要するため、結果的に月経が遅れます。
 一方、腎虚とは成長能力や生殖能力などの生命力そのものの不足で、上述した成長完了期以降は健康な人でも年齢と共に腎虚の状態は進んでくるものです。現代医学で言う腎機能の低下とはちがいます。加齢と共に徐々に進行する腎虚ですが、さまざまなことが原因で年齢以上に腎虚が進行することがあります。例えば、産後に歯が弱くなったり、髪の毛が抜けやすくなったりと言ったことを経験されたり、聞いたことはないでしょうか。出産とは母胎の生命力を子供に分け与えることと漢方では考えています。このほか、大病をしたり、長期の過労など限りある生命力を年齢以上に使っている状態なども腎虚を進行させます。腎虚となれば生殖能力も低下しますから、月経も遅れがちになります。
 このパターンには、不足している血を補う「補血剤(ほけつざい)」や腎虚の進行を緩やかにするための「補腎剤(ほじんざい)」を応用します。

補血剤      補腎剤
人参養栄湯、瓊玉膏、帰脾湯など   八味地黄丸、杞菊地黄丸、黒逍遙散など

 

パターン2

月経周期: 定期的であった月経が早まるようになった

「気虚(ききょ)」の傾向があります。気の不足は高温期の持続を低下させることがあります。このため月経が早まるようになります。
 このパターンには、不足している気を補う「補気剤(ほきざい)」を応用します。

補気剤
補中益気湯、帰脾湯、人参養栄湯など

 

パターン3

月経周期: 早くなったり、遅くなったりする

「気鬱(きうつ)」の傾向があります。気の流れが悪くなり身体に緊張感があります。ただし、ムラがあり必要以上に気が流れてしまうこともあります。このため月経が早まったり、遅くなったり周期性がなくなります。ストレスに影響を受けやすいのも気鬱の特徴です。
 このパターンには、気の流れを順調にし、ストレス回避能力を高める「疏肝理気剤(そかんりきざい)」を応用します。

疏肝理気剤
加味逍遙散、香蘇散、柴胡桂枝湯など


 

4.経前症状

 月経の前になると体調に変化が見られることがあります。この変化も漢方では診断ポイントになります。

パターン1

経前症状: イライラしたり、乳房が張って痛みます

「気鬱(きうつ)」の傾向があります。気の流れが悪くなり身体に緊張感があります。気鬱の度合いに比例してイライラや乳房の張りが強く見られます。ストレスはこのパターンの悪化原因になります。
 このパターンには、気の流れを順調にし、ストレス回避能力を高める「疏肝理気剤(そかんりきざい)」を応用します。

疏肝理気剤
加味逍遙散、大柴胡湯、血府逐オ湯、など

 

パターン2

経前症状: 身体がだるくなったり、無性に眠たくなります

「気虚(ききょ)」または、「血虚(けっきょ)」の傾向があります。月経前になると気や血は受胎に備えて子宮に集まってきます。結果的に他の部分が一過性の栄養不良となります。だるくなったり、眠くなったりするのはこのためです。
 このパターンには、不足している気を補う「補気剤(ほきざい)」や不足している血を補う「補血剤(ほけつざい)」を応用します。

補気剤      補血剤
補中益気湯、加味帰脾湯など   当帰芍薬散、帰耆建中湯、連珠飲など



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